沿革

 当寺院は元は真言宗の寺であったと伝えられています。 文明から文亀の年(1469~1503)に当地の西道という人が、有田郡宮原の祐尊(福蔵寺第2住職)に師事して真宗に帰依したといいます。

 永正3年(1506)7月に、本願寺第9代實如上人から方便法身尊形(絵像)を下賜されました。それを安置するために、惣道場を建立しました。天正14年(1586)9月に本堂を再建し50年後の寛永13年に浄明寺の寺号公称が許されました。また、お木像の本尊阿弥陀仏像は寛永17年(1640)に出願していましたが、申し替えによりて享保2年(1717)に第14代寂如上人から下賜されています。さらに天保14年(1843)9月に本堂を再建し、当地の門徒方は自分の仕事をなげうって、一丸となり本堂の再建に務めたと聞きます。昭和56年(1981)7月には本堂の屋根修復を行い現在に至ります。

 本堂の内陣の余間には龍の彫刻の欄間があり、那智勝浦町の青岸渡寺の欄間と同じ細工人の作であると伝えられています。また、喚鐘も古く300年を超え、貞享2年(1685)4月21日、当地の仁太夫の妻が寄進したと彫られています。